
ぎんぎつね 1 (ヤングジャンプコミックス) / 落合さより
江戸時代から続く稲荷神社の15代目跡取、冴木まこと。お節介で元気なまことは、神社を護る神使の銀太郎の力を借りて、周囲の人たちの役に立ちたいと願う。
忙しい神様に代わって神社を守っている神使。人間が彼らの姿を見れていたのもずっと昔。神職の者でさえ、今はほとんど見ることができないという。主人公のまことには、小さいときから銀太郎の姿が見えていた。母親の葬儀の日、つまり、彼女が正式な跡取りとなった日から。
銀太郎は、日がな神社の屋根や鳥居の上で眠っている。
さえずるスズメや、雲が流れる空を眺めたり、時折供えられる食べ物を口にしたりしながら、ただ毎日を過ごしている。300年以上そうして生きてきた銀太郎には、人間一人と過ごす時間など、一瞬にすぎないのだ。神様の使いなのだから、達観していて当たり前とはいえ、普段は乱暴でぶっきらぼうな銀太郎はとても人間臭い。しかし、まことがいないときの彼は、寂しさを感じまいとするような、元から諦めているような、とにかく時間が過ぎるのをただ待っているふうで、ひどく違和感を感じた。さらに、本来神社の外と自由に行き来できるはずの神使だが、銀太郎はずっと鳥居から出ていないと言う。まるで何かを恐れるように。
神使とは、字のとおり、神様の使いだ。
人間が尊び敬うべき対象だ。
彼らがいるから、周囲の土地が守られ、栄えていられる。
彼らがいなくなってしまった神社は朽ちてしまう。
彼らには、生き物の未来が見えてしまうのだ。
いつ死んでしまうのか、たとえ願が叶っても幸福になれないことがわかってしまう。しかし彼らは手を出すことができない。観るだけだ。それに絶望したのか、稲荷様の使いとして一対だった相棒の金次郎は、ずっと昔、銀太郎を置いて出て行ってしまった。銀太郎が神社を出なくなったのも、そうしたものから目を背けるためだった。
銀太郎が今まで見てきた跡取りたちは、神使を敬うことはすれ、近くで同じ時間を過すこともあまりなかったようだ。触れ合うことも少なかったのかもしれない。母親を失った悲しみから、くっついてくる幼い日のまことは、銀太郎が久し振りに触れた、温かい人間の手だったのではないだろうか。
ラスト、銀太郎とまことが手を繋ぐシーンが、とても良かった。
同級生が現われてからも、まことは手を離さなかった。
それまで銀太郎の力を当然のように扱い、銀太郎がそばにいることに疑問を持たなかったまことが、初めて、神使のことや彼らの存在する意味を知った。彼らは「いて当たり前の存在」ではなかった。現に、銀太郎の相棒だった金次郎は、神社を出て行ってしまっている。亀の姿をした神使は、人間たちのせいで住む場所を失くしてしまった。自分がこの神社に生まれなければ、「存在しているはずの彼ら」を見ることもできなかった。駆け付けた同級生たちのように。二人が過ごす時間は(例え銀太郎にとって一瞬であっても)いろんな条件化で、とても特別なことだと気づけたようだ。
まことの学校で起こる同級生たちとのやり取りや、神社を訪ねてくる人たちの悩みや騒動を、二人で乗り越えていくストーリー。小さな事件ばかりで、人と人でないものたちによるほのぼの日常漫画です。
主人公の幼さが全面に出ているので、若干鼻につくところもありますが、だからこそ、これからの成長に期待できるかなと思います。獣人フェチ、もののけスキーな人にもオススメかな。銀太郎のしっぽで、もふもふしたい。










