2009年11月23日

30年前の萌え話

11月入った途端に更新できなくなってきました。
今いる業界が変革期に入ったこともあり、神経を使う日々に参ってしまって、なかなか楽しい気持ちになれずにいます。テンションあがらんってやつです。久し振りにテンション上がったので書きにきました。


うちの家では、ここ数年、毎週2回夕食の際、必ず観ているドラマがあります。
「太陽にほえろ!」の再放送です。
30年前の作品とはいえ、もう辛抱できません。
この萌えをどうすればいいのか・・・っ!!

ちなみにtanizakiは初見です。
ネタバレ回避でお願いします。


とりあえず以下スコッチの話。
どこまでマズイのか見当がつかないので、とりあえず反転しておく。



今夜はちょうど400話。
399話から前後編でした。しかも沖縄ロケ!
お金掛ってマス!
長さんとボスと殿下と山さんはお留守番でした。

なんと、スコッチが戻ってきました!
山田署で孤立し以前の状態に戻っていたふうなタキが、七曲と合流した途端、あっという間にスコッチに戻っていくのが、手に取るようにわかった。ゴリさんと阿吽の呼吸で話を進めていく。なにより、ずいぶん表情が柔らかい。知らない相手ではないといえ、その変わりようはスニーカーの目に、異様に見えたかもしれない。どうしてあんなやつ信じるんですか?!と言いたくなるくらい。

でもスニーカーとスコッチって似てるんですよ。
スニーカーの「田口さんに出会わなければ」発言に、スコッチは「田口? ああ、ボンにね・・・」と答えています。遠い眼をしながら。そのまま二人が海を眺めるカットが入る。

スニーカーは、自分が真っ当な生き方を選べたのは、ボンのおかげだと言う。ボンに救われたんだと。

一方、ボンに救われたのは、スコッチも同じでした。
彼が七曲に来て、初めに近づいてきたのがボンでした。嫌々組まされてたわけですが(笑) 「タキさんタキさん」とついてくる、ボンの坊ちゃんらしい明るさや素直さに触れて、彼は他のメンバーとも話ができるようになっていった。

海で犯人と格闘するスニーカーを見守るスコッチが印象的でした。
独特な笑顔、あれは反則だと思う。眩しいような、なんだろう・・・。スニーカーの真っ直ぐなところ、ボンとよく似ています。慕っていた先輩を亡くしたこと、慕ってきてくれた後輩を亡くしたこと、こうしてまた後輩が育っていること、自分は本当に刑事を辞めるのか、万感込められた表情のような気がします。

スーツ濡れるから、あとは任せたぜ!
って爽やかな笑顔に見えなくもないがwww黒いわwww

それにしても、よく笑うようになりました。
細かいところだけど、拳銃の銃身は長いまま。いいね〜。
相変わらず殴るより足蹴りの方が得意でした。

ボンの回想あるかと思ったのに、全然入らずしょんぼりです。
でも憤るスニーカーを煽るように、スコッチのひどいところを上げていくゴリさんが良かったです(え) すんごく楽しそうなんだもんw 自分だって沢山ぶつかってたのにねぇ。いじわるなんだからー(笑)


テキサスとボンがいない七曲ですが、しばらく楽しめそうです。
あと、もっと山さんの回が観たいYO!

2009年11月08日

ぎんぎつね(1) / 落合さより

ぎんぎつね 1 (ヤングジャンプコミックス)
ぎんぎつね 1 (ヤングジャンプコミックス) / 落合さより

江戸時代から続く稲荷神社の15代目跡取、冴木まこと。お節介で元気なまことは、神社を護る神使の銀太郎の力を借りて、周囲の人たちの役に立ちたいと願う。

忙しい神様に代わって神社を守っている神使。人間が彼らの姿を見れていたのもずっと昔。神職の者でさえ、今はほとんど見ることができないという。主人公のまことには、小さいときから銀太郎の姿が見えていた。母親の葬儀の日、つまり、彼女が正式な跡取りとなった日から。

銀太郎は、日がな神社の屋根や鳥居の上で眠っている。
さえずるスズメや、雲が流れる空を眺めたり、時折供えられる食べ物を口にしたりしながら、ただ毎日を過ごしている。300年以上そうして生きてきた銀太郎には、人間一人と過ごす時間など、一瞬にすぎないのだ。神様の使いなのだから、達観していて当たり前とはいえ、普段は乱暴でぶっきらぼうな銀太郎はとても人間臭い。しかし、まことがいないときの彼は、寂しさを感じまいとするような、元から諦めているような、とにかく時間が過ぎるのをただ待っているふうで、ひどく違和感を感じた。さらに、本来神社の外と自由に行き来できるはずの神使だが、銀太郎はずっと鳥居から出ていないと言う。まるで何かを恐れるように。

神使とは、字のとおり、神様の使いだ。
人間が尊び敬うべき対象だ。
彼らがいるから、周囲の土地が守られ、栄えていられる。
彼らがいなくなってしまった神社は朽ちてしまう。

彼らには、生き物の未来が見えてしまうのだ。
いつ死んでしまうのか、たとえ願が叶っても幸福になれないことがわかってしまう。しかし彼らは手を出すことができない。観るだけだ。それに絶望したのか、稲荷様の使いとして一対だった相棒の金次郎は、ずっと昔、銀太郎を置いて出て行ってしまった。銀太郎が神社を出なくなったのも、そうしたものから目を背けるためだった。

銀太郎が今まで見てきた跡取りたちは、神使を敬うことはすれ、近くで同じ時間を過すこともあまりなかったようだ。触れ合うことも少なかったのかもしれない。母親を失った悲しみから、くっついてくる幼い日のまことは、銀太郎が久し振りに触れた、温かい人間の手だったのではないだろうか。

ラスト、銀太郎とまことが手を繋ぐシーンが、とても良かった。
同級生が現われてからも、まことは手を離さなかった。

それまで銀太郎の力を当然のように扱い、銀太郎がそばにいることに疑問を持たなかったまことが、初めて、神使のことや彼らの存在する意味を知った。彼らは「いて当たり前の存在」ではなかった。現に、銀太郎の相棒だった金次郎は、神社を出て行ってしまっている。亀の姿をした神使は、人間たちのせいで住む場所を失くしてしまった。自分がこの神社に生まれなければ、「存在しているはずの彼ら」を見ることもできなかった。駆け付けた同級生たちのように。二人が過ごす時間は(例え銀太郎にとって一瞬であっても)いろんな条件化で、とても特別なことだと気づけたようだ。

まことの学校で起こる同級生たちとのやり取りや、神社を訪ねてくる人たちの悩みや騒動を、二人で乗り越えていくストーリー。小さな事件ばかりで、人と人でないものたちによるほのぼの日常漫画です。

主人公の幼さが全面に出ているので、若干鼻につくところもありますが、だからこそ、これからの成長に期待できるかなと思います。獣人フェチ、もののけスキーな人にもオススメかな。銀太郎のしっぽで、もふもふしたい。

2009年11月07日

娚の一生(1)(2) / 西炯子

2巻が出たのでまとめて感想。

娚の一生 1 (フラワーコミックスアルファ) 娚の一生 2 (フラワーコミックスアルファ)
娚の一生 1 (フラワーコミックスアルファ)
娚の一生 2 (フラワーコミックスアルファ) / 西炯子

東京でOLをしていた堂園つぐみは、訳あって祖母の家に帰ってきていた。ところが祖母が急死し、家はつぐみが管理することに。そこへ祖母から鍵を預かったという大学教授の海江田が現れて、二人は同居することになる。

つぐみは30代半ば、大手電機メーカーの課長を務めるキャリアOL。人生をやり直したい。もう誰も愛したりしなければ、自分が傷つくこともない。不倫相手の男性とのごたごたから、つぐみは長期休暇をつくって祖母の家にやってきた。
一方海江田は、大学時代講師に来ていたつぐみの祖母に当時片思いをしていた。その人から送られてきた鍵と、その人の死を聞いて、彼はやって来た。勝手気ままに振る舞いながら、葬式で見かけたつぐみを好きだと言って、家の離れに住みついてしまう。

海江田は52歳の大人だ。女子大の教授で、エッセイを出版する著名人でもある。当然これまでに色々な経験を重ねてきているはず。失恋から立ち直れず、人と距離を置こうとするつぐみの気持ちなど、手に取るようにわかるのだろう。しかし彼は決して彼女を急がせなかった。好きだから結婚しよう、一緒に暮らそうとは言うものの、つぐみが負った傷については「過去の話をしても仕方がない」と触れなかった。

物事の核心を言い当てるような、鋭い言葉をぶつけてくる一方で、優しい海江田の行動に、つぐみは惹かれていく。だがなかなか素直になれずにいる。自分自身の悪いところも、海江田に指摘されるまでもなく、彼女は理解している。期待して裏切られないよう、自分を制しているのだ。なまじ頭が良いだけに、「恋愛が幸せのすべてではない理由」を並べ立てることができる。勉強が好き、仕事が好き、恋愛は不安定になるし平穏が保てない、それこそ不幸じゃないの?と。東京の恋から逃げてきたように、自分自身の気持ちからも、彼女は巧みに逃げ回っている。

大人の恋愛には、結婚には、たくさんのしがらみがある。「あれもある これもある それもある、でしょ」だ。情熱だけで駆け抜けるような恋はもうできない。相手のことが好きで、相手が自分を好きなこともわかっているのに、最後の一歩が踏み出せない。

つぐみからの一歩を待っていた海江田だったが、2巻では「けど、ぼくには君ほどたくさん時間はない」と言った。同世代の中で若々しい印象の海江田も52歳。つぐみが「とても気持ちが楽」だと感じたような、穏やかな時間を、感覚を、できるだけ長く持ちたい、そのための時間はそれほど多くない、という意味だろう。そのためには駆け引きをやっている時間はないと。

自分の嫌なところ悪いところを否定するのに疲れた、と言うつぐみに必要だったのは、それもこれも指摘しながら、全部ひっくるめて一緒にいたいと言ってるくれる人だったのかもしれない。友人の秋本のような。ひと月の間に彼女を理解しようとした海江田のような。

2巻のラストで、ようやくつぐみが自分の気持ちを認めた。しかし前途は多難のようです。傷はいつでもぶり返す。ずけずけ歯に衣を着せない海江田の台詞も小気味いい。貰ってばかりのつぐみが、海江田に与えることができるのか。この先二人がどうなっていくのか、とても気になる。

2009年11月05日

銀魂映画化!

久し振りのぎんたまネタがこんなで、なんかもう・・・ね。
世間様から大幅に遅れてますがすみません。
新刊帯見たときはフいた。またまた〜どんなネタですかと。
しかし「今度はホントのホント」らしい。


劇場版銀魂 新訳紅桜篇
公式HP
http://wwws.warnerbros.co.jp/gintama/
公開
2010年GW?


紅桜編というと、当時映画の予告まで作ってしまったスタッフさんたちでしたが、まさかの正夢です。空知先生おめでとうございます。覚えるまで目見開いて観たいと思います。って何回行く気だーー。
でも映画館の大スクリーンで、銀さんのアップなんか映った日にゃ、わし昇天しないでいられるだろうか。まったく自信がない。ヨダレとか悲鳴とかなんか人間としていろんなものを抑えてられるか自信がありません。

銀魂映画化だってさァ!!


はぁはぁ。
アニメの紅桜編にかなり満足していたので、映画はもっと期待できる?
ちょっとこわい。
けどその10倍楽しみ。

とりあえず主題歌は修羅
は諦めますが、せめて彼らの曲でお願いします。

2009年11月04日

YES IT’S ME / ヤマシタトモコ

これで最後だヤマシタトモコ祭。
なんか買い忘れてる気もするけど。。。


YES IT’S ME (MARBLE COMICS) / ヤマシタトモコ

容姿端麗成績優秀何より自分大好き!な東間だったが、幼稚園からの腐れ縁・江城の放った言葉が大混乱を招いて・・・。表題作品ほか5篇を含む、短編集。

「YES IT’S ME」
「YES IT’S YOU」

小さい頃から、母親から可愛い可愛いと育てられた東間は、自分が一番好きだった。鏡で自分の顔を見ているばかりの子供だったし、そのことで彼女に振られてもまったく気にしない男だった。
そんな自分大好きな東間が、3歳から腐れ縁で、今も同じ会社を経営する幼馴染の江城に告白された。
「おまえがおれを好きだから」結婚はしない。
東間は、相手が自分に好意を持つのは当たり前だと思っているので、他人の感情に興味が薄い。その彼にとって「おまえがおれを」と言った江城の言葉は、初めて、自分が他人をどう思っているのか、江城をどう思っているのか、考えるきっかけとなった。まして3歳からずっと一緒にいる江城の言葉だけに、その動揺は激しかった。自分は江城のことが好きなんだろうか?と考え始めるほどに。
ところが、腐れ縁でなにからなにまで知っている相手のこと、性的な対象として見ていると言われても、おおよそ想像できない。このシリアスにはほど遠い二人が、本当におかしい。
しかし江城は想像しろと言う。自分を意識しろと。
それまで自分一色だった東間の記憶の中に、江城の姿が混じり、やがて東間は、江城のことばかり思い返してしまうようになる。江城が自分をどう思っているのか、自分をどう見ているのか、考え始めると止まらなくなる。それは、自分のことしか見えていなかった東間が、自分よりも先に他人のこと(江城のこと)を考えてしまうということ、江城を意識しているということだった。

江城と書いてえのき、きのこカットの髪型と合わせてあだ名はキノコ。
想像しろと言われて、「キノコのキノコがおれを思ってキノってるところを?」なんて迷言あり、東間が終始ハイテンションということもあって、とにかく笑えるラブコメ。どシリアスもいいけど、こういうラブコメもうまい!もっと読みたい!

「目蓋の裏にて恋は躍りき」
天然で変人と言われている馬原と、クールで理論的な沼上。同じ美大に通う二人は正反対だ。ただ馬原から向けられる視線に、沼上はずっと苛立っていた。沼上への好意ダダモレの熱い視線を向けながら、友達のように話しかけてくる馬原に、苛立っていた。告白でもしてくればこっぴどく振ってやるのに、何故言ってこない?おれのことが好きなくせに!と。
芸術に感性に真っ直ぐな馬原は、周囲から変人扱いされている。沼上も彼を冷たくあしらっていた。しかし馬原の真っ直ぐさに耐えられず、目を背けていたのは沼上だった。
全力少年(あったなーそういう曲)な馬原と、好きな子にはイジメっ子になってしまう沼上。憧れと劣等感、なんやかんや混ぜこぜで、頭が爆発しそうになる。でも目が離せない。大好き。そんな爽やかな恋。
おバカな馬原と眼鏡イジメっ子な沼上、とってもBLっぽいのだけど、ヤマシタトモコが描くとこうなる。凄く好きです。

「Minun Musiikki」
同じオケに所属するピアニストの清重は、チェリストの布木が好きだった。既婚者である布木は離婚するかしないか瀬戸際だった。清重の自分への好意を見抜いた彼は、清重へ容赦ない言葉をぶつける。
音楽を最優先にやってきた。孤独や痛みや苦しみや恋や家族、全てをふりきってやってきた。でも報われない。すべてを嫌いになりたい。音楽だけあればいい。他にはなにもいらない。煩わしいことは放って音楽だけやっていけたらいい。そのはずなのに、どれも捨てることができない。みっともなく縋って、泣いて、触れて、傷つけられて傷つけて。

読んでいて辛かった。求めているものに振り返ってもらえない辛さ、このためなら全部捨てられる!なんて言いながら全然手放せない弱さ、そういう煩わしいはずのものに縋ってしまう愚かさ、それは恋だったり音楽だったり、いろいろだろうと思うけれど、ひっくるめて自分自身を突き付けられているようで、弱った・・・。何度読んでも駄目。冷静に読めてない。後半に超短編が収められているんですが、うまくいってるようで、ほっとしました。


ラブコメもシリアスも、色んなヤマシタさんが読めて、とてもお得な一冊でした。
これまで読んだヤマシタ作品の中で、一番好きな単行本です。

2009年11月01日

ジュテーム、カフェ・ノワール / ヤマシタトモコ

11月に入りました。
そろそろ今年オススメ漫画の候補も出揃ってきた頃でしょうか。

ということで、読み終わったもののレビューが後回しになっていた漫画たちを消化しようということで、ちょこちょこ書いてみます。

ヤマシタトモコ作品からいきます。積んである中で、作品数が一番多かった作家さん。この人の作品は語りたくなっちゃいますね。(いつから積んでるの? ってそれは禁句です)




ジュテーム、カフェ・ノワール (Dariaコミックス)
ジュテーム、カフェ・ノワール (Dariaコミックス) / ヤマシタトモコ

カフェに偶然居合わせた三組の客の話を描いた表題作、ほか6篇をまとめた短編集。

ページ数が制限される短編では、彼らのさまざまな恋について語られる。過去の手痛い失恋、今でも忘れられない想い、思い返すたび胸が苦しくなる恋。ときに未練がましく、ときに激しく、たった今の想いを吐露する。

「ジュテーム、カフェ・ノワール」
三組三様の小さいドラマが重なりあったり離れたり、偶然の一致でみんなの心がひとつになったり(笑) ほんとうまい。妹を案じる姉の言葉や、ゲイであることをカミングアウトして更に親友に告白までしてしまった青年、交わされる台詞が、するっと胸に届く。軽すぎず重すぎず、本当にうまい。

「魔法使いの弟子」
物心ついたときから男しか好きになれない中年男と、まだ恋も知らない少女の話。ひどい別れ方をした昔の相手が忘れられず、戯言のような妄想を少女に話した男。決して戻って来ないとわかっていながら、その相手を待ち続けている男の嘘だった。しかし少女はその話を信じた。だからこそ、男の願いを、少女は叶えることができた。
少女の言葉を、自らの妄想に影響されてそんなことを言ってるのだと、切って捨てることなく信じた男。いい大人が、少女のおとぎ話のような言葉を真っ直ぐに信じた。
互いが信じることで救われる、と書くと野暮ですが、孤独を埋めるような温かさがあって、短編の中ではこれが一番好きかなあ。

自分の趣味の世界でしか通用しない言葉を使って、自ら傷つかないように武装している青年。自信家で差別主義者で寂しがり屋なインテリ男。「こいのじゅもんは」「ラ・カンパネラ」に登場する二人が、胸に突き刺さるくらい痛いのなんの。恋は怖い。相手を傷つけないように、自分自身が傷つかないように、素直になれず、頑なだ。その一方で泣いて怒って必死になって相手を引き留めようとするのも真実。

切り取られた彼らの想いが深く切り込んでくる。
痛みの中でじんわりくる救われ方が、ヤマシタトモコらしくて好き。
  
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