2011年09月11日

BLOOD-C 9話 こころにも

8と9はくっつけるのが良かった気がする。

(以下ネガティブな内容なので反転)

過ぎたるは・・・というやつで、母親の名前を思い出せない・学校に他の先生も生徒もいないと、わざわざ小夜に言わせる必要があっただろうか? なんというか・・・、演出が美しくない。これほどあからさまに開示せざるをえなくなってしまった原因はいったいどこにあるのか? これまで伏線のための小道具やカットがバラバラだったせいで、視聴者の視点を散らしてしまったのが最大の失敗か。

正直、「だからなに?」と思われても仕方ない流れだと思う。
いまさら小夜がコントロールされていることに小夜自身が気づいて、自問したとして、それがどうしたというのか。本来ならここで視聴者も一緒になってあれこれ考察したり、どきどきするところだと思うのだけど、完全に失敗しています。小夜になにかあるのはBLOODの名を冠しているかぎり周知の事実で、こちらも疑って見ているのですから。いっそ訳がわからないまま、力が復活した小夜が暴走してしまい、甚大な被害を出して実験は失敗、小夜に記憶は戻らないままとなった方が面白かったかも。そしたら四月一日は必要ないですし。

実際、3話から7話目くらいまでが個人的に一番盛り上がっていて、(めずらしくレビューするくらいにはテンションが上がっていたのだ) 四月一日を直接出すしかなかったことを考えれば、まあこんなものかな。とにかく、9話使ってこれだけの盛り上がりしか作れないとしたらガッカリです。あとは最後に種明かしなのでしょうが、消化試合の感は否めませんね。



「心にもあらで憂き夜に長らへば 恋しかるべき夜半の月かな」
望まない世界に生きながらえて、と考えると面白いですね。
以前に見上げた月の美しさをなら、視力を失くしても思い出すことはできる。
憂いているように見えて、反対に生きることに強い執着を感じる歌でもあります。

永らえようと望まない世界、親しい人々を失くし、わけがわからないまま古きものと戦い、そんなひどい世界でも、月の光の美しさだけは変わりません。失った記憶のどこかで、小夜は月を眺めたことがあるのでしょうね。捕まっていたときか、あの殺戮の夜か。とにかく、いつか絶望的な状況で月を見上げたことがあるのでしょう。その美しさと、そのときの純粋な感情が、彼女の生きる糧になっている可能性があります。

慰めの月の光は、ここ数話で何度か繰り返し見せられています。ところが今回、月夜の下泣いていた小夜の元に現れたのは、四月一日だけではありませんでした。四月一日に慰められ止まっていた涙が、時真を前にして、また小夜の頬を濡らすって演出に萌えた! 四月一日の誘導がうまくいっているのか、自分自身への問いを深める小夜。時真の告白は完全スルー。小夜が恋しく思うものは、この二人ではない、ということでしょうか。

苦しいのは、頭か心か?
クラスメイトが殺され、約束を守れなかったことを悔いている小夜へ、四月一日が問います。小夜は、友人(だと思っている人々)を失くすことより、約束を違えたことを苦しんでいます。結局のところ、人社会の中に入り込んで、優しい人々に囲まれても、本質の部分は変わらなかったということでしょうか。古きものたちが「約定」にこだわるのと同じように、小夜には「約束」が絶対だったと。実験結果はこれで出たと考えるべきか、それとも最後にもうひと展開ありますか。

☆先週書いた時真の遅刻について
意味はあったね!よかった!
先走って失礼なことを書いてしまった。ここに訂正します。

☆BLOODについて
コンセプトは、刀を持った少女小夜が怪物と戦う。
ビジュアル面でとても魅力的だけれど、謎があるとあらかじめバラしているようなもので、損得一体なんだと改めて感じた。藤咲さんにはぜひ挑戦し続けて貰いたい。きっとすごいの見せてくれるはず。


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