2009年06月05日

栗本薫先生逝去にあたって

栗本薫先生が亡くなられて、数日が経過しました。
今更?と思われるかもしれませんが、自分の中でうまく整理がつかず、日が経ってしまいました。が、今回、とても共感できる記事を読んだので、記しておこうと思います。

【「彼の人は十分に死んだ」 中島 梓さんと栗本 薫さんのこと】
http://d.hatena.ne.jp/akio71/20090528/p1

私が小説を書き始めたのは、小学校4年生の頃からです。それこそ呼吸をするように、小説とは名ばかりの文章を書いていました。それから面白い小説があると聞いて、栗本薫名義の「魔界水滸伝」を読み、同一人物とは知らず、中島梓名義の「小説道場」に出会い、文章、単語ひとつに対する情熱を知りました。

小説の土台は、栗本先生から学びました。
単語の選び方、妥協しないこと、すべて。

好きな作家さんは、たくさんいます。
物語がうまい、文章がうまい、面白い作品もたくさんあります。
大好きな作家さんもたくさんいます。
でも栗本先生だけは、まったく特別でした。

そこに在ることが当然で、体に染みついた習慣のように、意識の表面に上がってくることがないくらい、体に脳に沁み込んだ存在。神様とは違う。もっともっと近い存在でした。栗本先生の言葉は文章となって、完全に自分の中に溶け込んで、血と肉そのものでした。

だから今回、先生の死を聞いても、なかなか理解ができなかった。悲しいとは違う。自分の中に渦巻く感情を、言葉にするのが難しく、なかなか気持ちの整理がつきませんでした。

ただ、上で紹介した記事を読んで、そのモヤモヤが晴れました。
自分と同じように、先生を師と仰いできた人たち、先生の情熱を継ぐ人たちがいること。栗本先生は、そういった人たちの血や肉となって、永遠に存在し続けること。先生を見失って、途方に暮れることはないんだと、なんだか救われた気持ちになりました。昔、小説道場で「書いていいんだよ」「書きなさい」という先生の一言に、救われたように。

現在のJUNEやBLが在るのも先生のおかげです。そして、先生が遺してくれたBLやJUNEや、そこから産まれた作品たちに、泣いたり笑ったり救われたりしてきました。それはきっとこれからも、変わらないだろうと思います。


先生、生きてくれてありがとう。
たくさんのものを遺してくれて、本当にありがとうございました。

2009年02月05日

AB型自分の説明書

AB型自分の説明書

友人から面白いよーと頂いて読んでみました。
昨年ずいぶん流行っていたんですよね?たしか。
これがなかなか面白かったです。
(漏れてましたが、tanizakiはAB型です)

行動基準
他人への対応
好みの傾向
仕事や恋愛
日常生活や感情
などなど

細部に渡って列挙されているので、どこから読んでもOKかな。
それでいてネガティブにならないよう、明るい文体で書かれているので「うわー」となることなく、楽しく最後まで読めました。パラパラ〜っと飽きることなく軽く読めるのも良いですね。(といいつつ一時間くらいでイッキ読みしたAB型ですよっと) ただ通勤通学途中、これ読んでると知られたら死ぬほど恥ずかしいなーと個人的には。

これ自分が当たってるなー、あるある〜って感じたところにチェックを入れて、旦那さん・友達・恋人など、相手に渡して読ませるのが良さそう。ご飯作りながら読んでたら、同居人がこれ読んでるの?と聞いてきたので、「おまいに読ませたいヨ」と返しておきました。うん。正しい使い方だわ。あ、だから説明書なのか。

共感できたところを思い出せるかぎり上げてみる。
AB型の自分が好き、屁理屈こねる、一部分が頑固、あまのじゃく、面倒臭がり、掃除がおおざっぱ、パジャマが部屋着、おうち大好き、部屋の中は歩ける場所があればいい(でもそれすらない)、精神的ケッペキ症、偽善は嫌い、いいことしてあげるときは無償で、作業ははっきり分担したい、衝動買いで後悔しない(考えない)、あたたかい言葉に弱い、でも恩着せがましいのは嫌い・・・

なんて上げながら、分析してしまってるあたりが、一番当たってるところなのかもしれません。

当たってる外れてるというよりは、あるある〜っと笑える楽しい本だと思います。ぷーくすくす( ´_ゝ`)しながら。まあ、これでわかったような気になられると、それはそれで腹が立つわけですがw

2009年01月16日

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく / ランス=アームストロング

ランス現役復帰を前に読もうと思い立った著書。
そこにあったのは過酷な癌との闘いの物語でした。
自転車選手としてのランスの姿はあまり描かれていない。

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく (講談社文庫)
ただマイヨ・ジョーヌのためでなく / ランス=アームストロング

史上最年少で世界自転車選手権に優勝するなど、自転車選手として大きく期待を寄せられていたランスは、25歳のとき睾丸癌を発病。その転移は脳にまで達し、生存率は20%以下とまで言われた。長く苦しい闘病生活を経て、再び自転車に乗ることを決めた彼は、ツール・ド・フランスの優勝をもって復活を遂げる。

あらすじを書くだけなら、なんて簡単なんだろう。
このたった数行の中に、彼が体験した恐怖、苦しみ、痛み、悲しみ、怒り、絶望がどれほど盛り込まれているか、この本を手に取ったときには想像もしていませんでした。癌から復活した選手、知識としてはあったけれど、想像を絶する深刻な状況でした。

神に祈ったことはないランスが、「信じることを信じる」という。
天変地異や突然の病や最後の審判よりも、信じることをやめるときが一番の危機なのではないかと問いかけてくる。信念と科学の線引きをせず、自分を信じ、治療に関わる医師を信じ、治療を信じ、自分が信じると決めたものを信じること。

どうして自分が?
という問いへの返答は個人によって大きく違う。誰だって自分に価値があると思っているから。病や災害と言わずとも、毎日の些細な苛立ちの中で生きていくためにそう思っている。極限の状況下で、自己の価値観を再構築していく姿は壮絶だ。これまでの価値観を検証し、腹の底までひっくり返し、自分自身を問い質していく。それも副作用で24時間吐きつづけながら。

死の淵まで経験した男が語る言葉は、とても力強く、それだけで希望を灯せるくらい力がある。苦痛に満ちた闘病生活は震えがくるほど恐ろしく、退院後の目的のない(再発を恐れるだけの)生活は胸を圧迫されるほど苦しい。それら出来事を冷静に分析しようとする本書の文章が、意外に人間は強いのだよと言っているようで、彼の言葉を信じてみようかという気にさえなってくる。

どうして自分がこんな苦境に遭わなくてはいけないのか。
そう思っている人すべてに、この本を差し出したい。
気になるところを拾い読みだっていい。
きっとどこか一つ響くものがあると思う。

本書が描かれたのち、ランスは、ツール・ド・フランスを7連覇してしまう。
成功譚はどちらかというと、本書のあとのこと。

-----------------------------------------------------------------

訳題のマイヨについて書かれたのが、ほんの数ページというのが。自転車といえばツール→ツールといえばマイヨ、という連想ゲーム&ツール7連覇&自転車スポーツに慣れない日本人向け、ってことで仕方ないんだろうけど。やっぱりコレだな。「It's Not About the Bike」

ところで、今年6月には、ランスに4人目の子供が産まれる予定。
今度は精子バンクではないらしい。本書にもあった「放射線治療とはいえまれに機能が回復することがある」一例だったよう。

余談ですが、本書で愛し愛されていたクリスとは、すでに別れている(という話は書かない方がよかったかな・・・)。そこはやっぱり人間だもの、ということで。

2008年12月22日

啄木鳥探偵處 / 伊井圭

啄木鳥探偵處 (創元推理文庫)
啄木鳥探偵處 / 伊井圭

探偵・石川啄木と、助手・金田一京助。
発行元が創元推理だけあって、ミステリーといっても若干クセもの。口語調で書かれた流暢な文体は、まるで落語のようでもあり、あっという間に読み進めてしまわれると思います。

貧困のため探偵業を始めた啄木のもとに持ち込まれる大小の事件。啄木の才能を信じ彼を援助し続けた、言語学者・金田一京介を助手として、皮肉屋でしたたかで、しかし病に冒された啄木が活躍する短編5篇が収録されています。明治から大正に移ろうまでの時代背景と、当時の浅草界隈のようすがしっかり描かれた良作です。



以下萌え話

登場人物買いしてしまったのだけど、これが大正解!!
文豪萌え、明治大正萌えなら読んで間違いなし。

啄木(の才能)に惚れこんでいる金田一先生の、振り回されっぷりが泣けます。啄木からぽんぽん言われてウキーッと切れてしまうところといい、そのくせ自分がどれだけ相手に弱いか自覚していたり、可愛すぎる。
うたた寝する奥様の仕草に、抱き締めたくなるほど可愛いという先生、そんな先生がいっとう可愛いです!!と思わず握り拳になってしまいます。

さんざん先生に頼ってきた啄木が、一番辛い時期に無心を止める。
心が折れてしまいそうなとき、大事な相手だからこそ口にしない、普段強いことばかり言っている人だけに、黙された相手もこれは堪えますよ。

まあそれも下心あってのことだったわけですがw
探偵業などやめてほしい先生と、背に腹な啄木との駆け引き。
何度も「うっかり」騙されてしまう先生ってば(笑)
唯我独尊でいて、ふと陰を見せる啄木。そんな年下に良いように振り回されながらもメロメロ(自覚有り)な先生。どこからどうみてもアレな二人のいちゃつきっぷりに、読書中にやにやが(ry

とさんざん萌えといて今更ですが。
二人ともちゃんと世帯を持っているところが良いです。
自立している、働く男同士というのは、かなりポイント高い。

当然史実に基づいているので、啄木の没年も克明に記されています。
見栄っぱりで酒好きの女好きな啄木の日頃の態度も、裏を返せば自らの余命との戦いであったはずで、このことが頭にチラついて、余計なことまで考えてしまう始末。だからこそ、ひとときの輝きの強さを感じるのかもしれません。

2008年06月09日

サクリファイス / 近藤史恵

サクリファイス
サクリファイス / 近藤史恵

陸上競技で高校総体優勝の経験がありながら、自転車ロードレースに転向した白石誓。国産自転車フレームメーカーのチーム・オッジに在籍し、今はアシストとして「チームのために走る」ことを喜びとしていた。チームのエース石塚は、自分以外にエースを認めないといわれるほど勝利への執念を持つ人物だが、彼には、三年前優秀な新人を潰した、という噂があった。

自転車ロードレース入門風なスポーツミステリー小説です。
勝つことを義務付けられたエースと、そのエースのために自らを犠牲にするアシストといった、ロードレース特有の仕組みなどが、とても丁寧に描かれているので、まったく知らない方でも楽しめる内容になっていると思います。その一方、レース中の選手の心理状態や駆け引きも描かれ、ウマイとこ取りで、スポーツ小説としても面白い仕上がりになっています。

そこにミステリーの要素を入れたのは是か非かといわれると、躊躇ってしまいますが。しかしそれあってこそ、主人公の一見淡白な気質が変貌する(かのような)描写に引き込まれたとも言えます。

個人的には、有望株といわれたスプリンター伊庭君の見せ場も欲しかったかな。山岳は自分も好きですけど、スプリントの醍醐味もありますし。活躍する伊庭に対する石塚さんの姿など、エース石塚の姿も描かれていると、さらに人物に厚みが出て、ラスト真相に辿り着いた主人公ともっと同化できたかもしれません。登場人物がみな魅力的なだけに、ちょっと勿体無かったですね。

本屋大賞2位の帯のコピー「読後の印象は前向きで、とても清々しい」は、人によってかなり変わってくると思います。タイトルのサクリファイス(犠牲)の意味を考えると、清々しい気持ちには、正直なれなかったけれど、それこそがロードレースの肝と考えると、根っから外した作品ともいえない。

となんだか歯切れの悪い感想ですが、一気読みにはちょうど良いページ数ですし、レースの緊張感は抜群。ページを捲るのにドキドキしたのも久し振りでした。ツール・ド・フランスが始まるまでの繋ぎ(失礼・・・)くらいの気持ちで買ったのですが、気づくと夢中になって読んでいました。

これを期に、ロードレースに興味がない方にも、オススメしたい作品です。

2008年06月08日

氷室冴子先生死去

「なんて素敵にジャパネスク」 作家の氷室冴子さん死去(asahi.com)

驚きました。
いつから闘病されていたんでしょうか・・・。

小中学生時代に、夢中になって読んだ作家さんのお一人です。
当時、「なんて素敵にジャパネスク」や「ざ・ちぇんじ」「クララ白書」「シンデレラ迷宮」など、コバルト文庫の少女小説の面白さに夢中になって友人たちと読んでいました。「海がきこえる」はジブリで映画化、ジャパネスクとちぇんじは白泉社から漫画化もされているので、同世代の方はもちろん、みなさんどこかで作品に触れたことがあるんじゃないでしょうか。


心からお悔やみ申し上げます。
こんな形になってしまったけれど、久し振りに読み返そう・・・。

2008年01月17日

桜庭一樹『私の男』直木賞受賞

受賞おめでとうございます。
前回『赤朽葉家の伝説』が候補に上がったときも驚いたものですが、今回はとうとう受賞です。本当におめでとうございます。きっとこれからも精力的に執筆されるんでしょう。しかし少女は書ききった・・・となると、荒野の恋の完結作はもう読めないんですかねえ。でも信じて待ちたい・・・。


参考記事
第138回直木賞は桜庭一樹さんに決定!(文藝春秋)
【直木賞】「深酒、夜ふかし…がごほうび」 桜庭さん喜びの一問一答(MSN産経)

私の男

2007年07月09日

グラスホッパー / 伊坂幸太郎

グラスホッパー

グラスホッパー / 伊坂幸太郎

元教師の鈴木は妻を殺した男へ復讐する機会を狙っていた。だが男は鈴木の目前で交通事故に遭ってしまう。しかしそれは事故に見せかけた殺人だというのだ。成り行き上、鈴木は男を殺した犯人を追うことになってしまう。


角川にて文庫化されたので読了。
伊坂作品は文庫を含め数作読んできましたが、その中でもこの作品は異質でした。それは「押し屋」「自殺屋」といった殺し屋の存在もあるのでしょうが、なにより殺人の描写が酷薄なせいかもしれません。筋肉の動きひとつにまで目が行き届いている緻密さで描かれる肉体の死は、一瞬目を背けてしまう程の鮮烈さがあります。またそれを行っている人間の側に、悪意が存在しないことも大きな要因でしょうか。

また鈴木が復讐の為加担している「令嬢」と呼ばれる会社は、薬物売買に始まり人身・臓器売買と非合法で悪辣な集団です。腐敗した貪欲で矮小な政治家、女子供すら関係なく一家惨殺を得意とするナイフ使いの殺し屋、と出てくる人間はほぼ真っ当ではありません。まさにハードボイルド。

と、これだけでは気が滅入るだけの小説で終わってしまうところを、伊坂さん独特のエスプリ、寓話性が掬い上げてくれています。例えばナイフ使いの青年・蝉と、その上司・岩西との人を食ったような掛け合いは特有のリズム感があります。また自殺屋・鯨がみる幻覚に現れる人々は、生きている人間に比べ、どこか奔放で陽気で生々しい。

そして読み終わったとき、初めて作者の大仕掛けに気づくようになっています。この寓話的な仕掛けに気づいたときは、まさに長い催眠術から解かれたような気分でした。茫洋とした気持ちと、湧き上がる興奮。文章のあまりの切れ味に読み始めからあった不安な気持ちは一掃され、最後には伊坂作品の持つ醍醐味が、しっかりと残されていました。

2007年06月20日

イナイ×イナイ / 森博嗣

イナイ×イナイ

イナイ×イナイ / 森博嗣

美術品鑑定を主に仕事を請け負う椙田事務所に、「兄を探してほしい」と依頼が持ち込まれた。依頼主は佐竹千鶴。不在の椙田に代わり、助手の小川令子と電話番の真壁瞬市は佐竹家へ出向くことに。


森ミステリィ新シリーズの第1作目。
Xシリーズと名付けられています。正直新シリーズと聞いて驚きましたが、おそらくGシリーズと平行して書かれていくのだと思います。というかそう信じたい。

この作品の最大の特徴は「普通さ」でしょうか。
実際主要キャラと思われる小川さんや真壁君はいたって常識的な人物です。今までの森作品でいうところの「天才」は不在。バイト代を貰うわけでもなく、電話番をする真壁君がこの事件に奮闘する理由は、小川さんに食事を奢って貰うためだったりと、微笑ましい。その小川さんも、切れ者でクールな印象だった登場シーンから、最後は結構可愛らしい人へと変化していきます。

事件のトリックについてもありがちなネタで、あっと驚くようなことは特にありません。地の文について森先生が書かれている記事を読んでいたせいもあるかな?(いやこれはセーフだと思います。どうかなぁ) とにかく読みやすいこと・脱線しないことは特筆すべきかと。いや読みやすいのは書式が二段組ではないせいかもしれませんが。文庫サイズで手軽に読める感じ。

さて今後S&M、V、Gとどのような関連が持たれるのか注目です。
特にVシリーズは再読の必要に迫られそうな予感・・・。執筆を辞める時期を決められている森先生ですから、これが最後のシリーズになる可能性もありますかね。とにかく次回作はこのXシリーズ2作目になるようです。旧作品を再読しつつ楽しみに待つことにします。

2007年03月04日

陽気なギャングが地球を回す / 伊坂幸太郎

陽気なギャングが地球を回す
陽気なギャングが地球を回す / 伊坂幸太郎


人間嘘発見器の成瀬をリーダーに、自称演説の達人響野、天才スリ師の青年久遠、精巧な体内時計を持つ雪子の四人は、百発百中の銀行強盗。その日も上手く仕事を終え逃走中だった彼らの身に、降って湧いた不運とは・・・。


実は伊坂作品を初めて手に取ったのは1年程前で、それまでアンテナには引っかかっていたものの、触手が動かなかった。本の裏表紙のあらすじの『強盗』という単語に、まったく魅力を感じなかったせいだ。特にこの本のあらすじは、こう締められていた。

『都会派ギャングサスペンス』

マフィア映画は好きだ。だがギャングはどうだろう。
昔読んだ漫画の影響からか、ギャングに対するイメージがまず良くなかった。きっと無礼で無法者なやつらが出てきて人がいっぱい死んで、ドタバタで口汚く罵り合って、馬鹿な人間ばかりが滔々と正義を主張するのだ!と(勝手に)思っていた。

ところが蓋を開けてみて驚いた。
仕事をする時間も惜しいほど貪り読んだ。

まず無礼で無法者など出てきやしないし、口汚く罵り合うどころか、その台詞回しは軽妙で洒落ていて、頭の回転が早くなくてはこうはいかないだろうと思わせるジョークが効いたものだった。そしてラスト50ページの緊張と弛緩、特にユーモアの取り入れ方は抜群。

本題のミステリー的、所謂謎解き部分についてはそう珍しいものではない。多少この手の本を読んでいる方ならすぐ気づかれてしまうだろう。だがこの作品の意外性は別にある。

これほど洒脱で特殊な(嘘発見器に精確無比な体内時計!)キャラクターを使い、下手をすれば人物頼みになってしまうところを手綱を締め、作者が浮かび上がらせた絵の完成度の高さだ。ミステリー愛好家の方々は、さらに驚きを深められるかもしれない。


ちなみにこちらの作品、映画化されています。

陽気なギャングが地球を回す プレミアム・エディション 映画「陽気なギャングが地球を回す」公式ガイドブック

ずいぶん評価悪いようですが(笑)
しかし出演陣は豪華。この面子で駄作ってどういうこと?
逆に観たくなってきたYO!

2007年01月21日

ありふれた風景画 / あさのあつこ

ありふれた風景画

ありふれた風景画 / あさのあつこ

ウリをやっていると噂される瑠璃は、周囲の雑音を軽蔑しながら一人で立つことに誇りを持っていた。ある日、瑠璃は特異な能力を持つ周子と出会う。周子もまたその能力により、周囲から孤立していた。瑠璃はそんな美貌の先輩・周子に惹かれてゆく。


あさのさんの文章は、とても平易な言葉で構成されている。特別難しい単語も、難しい読み方をする単語も使われていない。児童文学をやってきた方だからだろうか、比較的、誰にでも読みやすい文章になっている。
そして、だからこそ、あさのさんの文章は無駄がなく、美しい。

瑠璃が白い歯をのぞかせ、笑う。風が吹いて、額にかかる髪を揺らした。その風に逆らうように、瑠璃は顔を前に向け歩き出す。


例えばこの一遍で、瑠璃という人物が感じられるし、中には、息が出来なくなるような清冽さが含まれていることもある。そんな文章にぶつかる度、私は本を閉じ、そっと息を継ぐ。この作品はそんな時間が何度かあった。

そして今作は心地よい驚きと歯痒さと同時に、冷えた切っ先のような厳しさを併せ持つ作品でもある。永遠に一人の人間を失うことで哀しみ嘆いても、季節を過ぎ、時を重ね、自分の人生を生きていかなければならない現実。センチメンタルだけでは終われない残酷さ・・・。

バッテリーのときにも感じたことだけど、この作品の瑠璃や加水さんを見ていると、人って脆いように見えて、案外丈夫にできているんだなと思えてきます。まあそんな楽観的な状況ではないのですが、どこか大丈夫だと思えてくる。文章の持つ力がパワフルなのかもしれません。
人の魂って強靭にできてるんだ・・・そんな風に感じさせてくれる作品です。

ただこの作品にやまだないとの挿絵はどうなんだろう・・・。
あと表紙?
いや、新たな購読層に訴えるという意味では正解なのかなぁ。

2007年01月18日

ηなのに夢のよう / 森博嗣

ηなのに夢のよう

ηなのに夢のよう / 森博嗣


地上12メートルの木の上で発見された首吊り死体。現場近くに残された「ηなのに夢のよう」の文字。一連の事件との関連は? そして明かされる10年前の飛行機事故の原因。浮かんでは消える天才真賀田四季の名前。物語は加速していく!


森ミステリィGシリーズ6作目となりました。
帯の煽りにある「Gシリーズの転換点」は確かにと頷ける部分です。
なので今回は書けない(ネタバレすぎる)部分が多すぎて感想に困る。

まずε、λと書いてきた感想をここにきて大きく覆されました。いや覆されたというより、逆手に取られたといった方が正しいかもしません。トリックの品質低下なんぞ端から次元が違う(苦笑) 山吹&加部谷さん(と海月君)の影の薄さ?薄い濃いなんぞ何を基準に言ってるんだ?と(笑)
ところどころミステリィ部分(とはもう呼べないかもしれないけれど)の回収がされてなかったりと若干のアラは見えるものの、それもまた伏線?!と思わせるこれぞ森マジック!(笑)
というのは冗談ですが、なんにせよS&MからV、四季と読んできた読者には、特大のサービスじゃないでしょうか? やっと、やっと繋がるのかと。四季を読んだときのカタルシスをもう一度〜!

紅子さんの「一回生きて一回死ぬ」が印象的でした。
それはまさしく信号であり、生者(残される者)には美しいもの、見たいものだけが記憶として残るという認識でいたけれど、しかし今作最後まで読むと、その部分こそ換え難いことで、いとおしいことなんだとわかります。

まとまりない文章ですが最後に。
金子君が普通に大人な男になっていて嬉しかったこと。萌絵と犀川の関係が予想以上に進展していて驚いたこと。加部谷さんはやっぱり海月君とうまくいってくれるといいな!という願望を書き止めて、今回はここまで。
次回、展開必至と思われる。

最後の最後にもう一言。
ところどころ荒れる・くどい語尾が気になる。
森先生の人間味が出てきたってことで、良く取るべきか・・・。

2006年09月18日

λに歯がない / 森博嗣

λに歯がない

λに歯がない / 森博嗣


密室状態の研究所で4人の銃殺体が発見された。被害者たちのポケットからは「λに歯がない」と記されたカードが。セキュリティシステムの中、犯人はどこから現れ、どこに消えてしまったのか。身元不明の被害者、見つからない凶器…。

森ミステリィGシリーズ5作目となりました。
過去シリーズからの登場人物が多く、「この人って…」と思わせぶりなシーンの数々に、うっかりGシーリズだと忘れてしまうところでした。何せ無口な海月君は仕方ないとしても、前作(εに誓って)で活躍?した山吹&加部谷さんまで影の薄いこと薄いこと。いや、萌絵や犀川たちのキャラが濃すぎるせいなんでしょうが。せっかくキャラ立ちしてきた三人が、ここで逆戻りとなってしまいそうで寂しい気がします。

問題の密室トリックも、もうトリックでもなんでもないといった感じ。まあ今更森作品にミステリィ要素を求めちゃいかん、ということなのか、森先生の開き直りとも取れる種明かしとなっておりました。作品中盤までまったく話が進まないのも、読みにくさを増長している原因かもしれません。正直、最後までキャラが動いてくれなかったんじゃないかと、疑ってしまったほどです。

ただ今回も森先生の生死観が描かれていて、それはそれで充分楽しめたわけですけど。スカイクロラシリーズといい、Gシリーズといい、どうも近頃堂々巡りのような気がしてなりません。これではみんな同じ顔になってしまって、つまらないと思うのです。

そうそう、S&Mシリーズから某助教授も登場ですよ(ってこれネタバレかなぁ。まずそうだったら後で消すかも)。森先生のファンサービスなのかな?とニヤリとしてみたり。中盤、珍しく海月君が饒舌なのにもびっくりしてみたり。

そんなこんなの小ネタ満載なλでした。
って小ネタと思ってしまうあたりが、作品としてどうなんだろうかと小一時間…。Gシリーズの、というより、山吹・海月・加部谷三人の今後が非常に心配になった今作でした。

2006年07月19日

滝本竜彦作品感想

NHKにようこそ! 超人計画
(左)NHKにようこそ!
(右)超人計画


どこまでもダメな人間を描いたこの二作品。角川文庫が放つ「ネガティブキャンペーン5 夏のちょいオタ作戦」キャンペーン対象作品として選ばれました! おめでとうございます!


そもそもキャンペーン名からしてイタイ。
ちょいオタってなによ。
さらにキャンペーン帯にはこんな一文が…。

「今年の夏は"ちょいオタ"が刺激的!!」

こんなの見たら滝本さん泡吹いちゃうんじゃなかろうか…。


さて、角川イジリはこのへんにしておいて本題。

「NHK」の主人公はひきこもりが元で大学中退、現在無職の現役ひきこもり。一日16時間の睡眠、海外から取り寄せた幻覚剤でバッドトリップ、ゲームクリエイターを目指せばロリータ画像集めに一週間…。それもこれも全部全部NHK(日本ひきこもり協会)の陰謀だあ!! と叫ぶ主人公。
しかしそんな彼の前に、ひきこもりの脱出方法を知っていると言う少女が現れます。彼女と誓約書まで結んだ主人公は、果たして救われることができるのか?

そんな「NHK」を発表して二年、さらなるひきこもりと化し、日がなネットでエロ画像を収集、合法ドラッグでトリップの毎日、鬱病となってしまった作者の、まさに体験エッセイが「超人」です。心を癒してくれるのは、脳内彼女であるレイ一人。イタさ倍増どころの話ではありません。

NHKではどこか残っていたストーリー性も、超人ではぶっ飛んでいます。
エッセイの枠をはるかに飛び越え、そこにあるのは一人の人間の叫びです。まさに血を吐くような。脳内彼女レイとの箱根旅行では、思わず涙が出そうになります。書き続けるぞとしたためた彼の心情に、胸が苦しくなりました。
これは私か? と悶えながら読みました。
生きる意味がなくなり、死ぬ価値もない。
涙も出ません。ただ日々を繰り返すだけです。


その内容とは裏腹に、滝本さんの文体はちょっとユーモアがあって、どこかノンキな雰囲気を醸し出しています。どうしようもない辛い悲しいはずなのに、どこか笑ってしまう。だから胸に迫るのかもしれません。

そして三冊の本を出した滝本さんは作家であり、それに於いては到達者です。レイちゃんの知恵袋で腹が捩れるほど笑わしてくれた素晴らしい作家さんです。


そんな滝本さんも昨年ご結婚され、きっときっと幸せな日々を送られているはず…! と勝手に願っております。そしていつの日か、次の作品を手にできたら良いなあ、と心から願っております。

2006年05月27日

GOTH / 乙一

GOTH 夜の章 GOTH 僕の章

GOTH 夜の章
GOTH 僕の章 / 乙一


少年の横顔は白く輝き、私の目に神々しく映る。恐怖というよりも、むしろ畏怖に近いものが私の心にあった。どんな意味もなく、無条件で、不条理な死を人間にもたらす高い位の存在として感じられた。



森野夜が拾った一冊の手帳には、誘い出した女性を山中で切り刻み、張り付けていく作業が記されていた。最近マスコミを騒がしてる連続猟奇殺人犯の手帳ではないかと考えた夜は、まだ発見されていない被害者に「会いに行かない?」と、僕を誘うのだった。

先日たまたま買った漫画「GOTH」が良くて、あとがき(乙一本人の)にのせられ原作を買った次第です。なので先入観入りまくってる状態で読んだわけですが、それが逆の意味で楽しめました。漫画と原作の間にここまで相互性がある作品は初めてです。
ネタバレになるので、これ以上詳しく書けないのですが…。
ただし、両作品をミステリ作品として読むと非情につまらなくなるので注意が必要です。トリック・謎解きが主題ではないので。


「犬」どんな理由があっても動物を殺すシーンは精神的にキツイ。しかし隣町だといずればれるのでは? ところで僕と夜よりも、僕の家族の方が不自然に見えるよう挟まれた文章は、思わず読み飛ばしそうなほど簡潔に書かれていて、上手いなあと。

「記憶」謎解きの場面がこれでもか!これでもか!とわざとらしい反面、ラスト夜のセリフ「そう、この感じ……」から三行で、元が取れました。

「声」乙一さんの登場人物の名前は、結構好きです。この夏海という女性に対して湧き上がる感情は、一種憐憫に近い愛しさでした。しかし、よく出来た作品です。構成力、ストーリー性が高いので読みやすく、そしてパンチ力もある。


乙一さんがあとがきで書かれていますが、(どこまで本気かわからないですけど)ダークファンタジーを目指して書かれた作品だそうです。犯人は妖怪で、対決する主人公の少年も同じ力を持った妖怪で、少女は人間であると。なので、犯人たちの殺人の理由や、過去のトラウマなど、いわゆる人間性については触れられません。それと対する主人公・僕についても同じですね。
非情に偏った作品です。

しかし一部熱狂的なファンが付いているのも、納得しました。
かくいう私も中学・高校時代、制服のポケットにカッターナイフを忍ばせている生徒でした。護身用というより、もっと精神的な理由で。

なんにせよ、もう少し他の作品を読んでみたくなりました。
他の顔も見てみたくなる作家さんですね。

ちなみに漫画「GOTH」はこちら↓ 実はジャケ買いでした。
GOTH

GOTH / 大岩ケンジ

2006年05月16日

εに誓って / 森博嗣

εに誓って

εに誓って / 森博嗣


神様、彼らをお導き下さい。
どうか、彼らに幸を。

(中略)

どうか……、
生きている者たちと同じだけの、幸を。



森ミステリィGシリーズ4作目登場です。
東京から那古野に向かう高速バス、山吹と加部谷が乗ったそれがハイジャックされた! そのバスには「εに誓って」という名の団体客が乗り合わせていた…。

とうとう山吹と加部谷の仲が進展?!
と思いきや、残念ながら違いました。前刊を読んだとき感じた、加部谷ちゃんは実は海月好き?疑惑は露と消えたのでしょうか? お似合いだと思ったんだけどなぁ。

肝心の内容ですが、最近の森ミステリィ同様、トリックの品質低下は否めません。乗客の位置を対比して繰り返し記述される点も、やりすぎな気がします。なので、萌絵の謎解きの短さは致し方ない…といったところでしょうか。国枝先生の気持ちがよくわかります。

この物足りなさはなんだろう、と考えていたら、わかりました。
私が森作品で一番好きなところは、意味がありそうでない、意味がなさそうである…そんな、つい考えさせられる言葉たちなんですよね。今作品中にはそれがなかった。そんな言葉に巡り会えなかったことが、物足りなさを感じた要因のようです。そんな訳で、今回の引用はやめようかとも思ったのですが、唯一同調できた言葉を持ってきました。

ところで、四季博士の影は今も色濃いです。
ですが、もういいじゃないか、と思わなくもありません。このGシリーズをただの通過点として捉えたくないからです。 と書きつつ、やはり犀川と萌絵が好きで、今シリーズを買い始めたわけで(苦笑) 説得力ないですね。


関係ありませんが、「スカイ・クロラシリーズ」4作目が来月発売されるようですよ〜。それまでは過去の短編集でも読んで、じっと我慢の子…です。

2006年03月05日

Down to Heaven / 森博嗣

ダウン・ツ・ヘヴン―Down to Heaven

ダウン・ツ・ヘヴン―Down to Heaven / 森博嗣


一度、死を確かめてみたい。
でも、一度しかできない。
それは、同じ。
一度しかできないのであれば、
自分が一番尊いと思えるものに捧げるのが道理ではないか。




本日は快晴。
溜まりに溜まった洗濯物をびっしり干して
よーっし、まったりするぞ!
と気合を入れて
(なんか日本語変ですが)
こちらも溜まった本を読む。


「Down to Heaven」 森博嗣

ミステリィ作家の著者が放つ、スカイ・クロラシリーズ第三作目。戦闘機パイロット、草薙水素の生と死、自由と不自由さ。

前作「None But Air」の最後がアレだっただけに
心配だったのですが、まあ、やはりと言いますか
紅子さんと同じですね。女は強い。
草薙はもう、子供じゃない。
ティーチャと笹倉が居てくれて、良かった。
彼らのお陰で、草薙は人間でいれたんだと思うと、泣けます。
切なくて。
おいらも子供じゃないんだ…。

それにしても 草薙 と聞くと、甲殻の草薙がちらつきます。
特に「The Sky Crawlers」草薙は
眼鏡+短髪ビジュアルを差し引いても、余りある名前の存在感です。

  
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。